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アーキテクチャ アンド アレコレ
No  239

福島の旧友を訪ねて

19日、福島~宮城へと、日帰りで行ってきました。

“ボランティア活動に身を投じる”という直接的・積極的な支援では全くないながら、
まずは震災以降お客の減った土地に今こそ出向いて少しでもお金を使い、人と話し、
かつ現状を肌で感じようと、日帰りできる仙台や松島までも足を延ばした旅です。
が、何より学生時代に志半ばで亡くなった福島の友人の墓参りが、主な目的でした。

大学卒業後、それぞれの修業の厳しさを分かち合えるのは同期の有難さですが、
中でも彼の存在はとりわけ大きく、心の中で何度も救われてきました。今まで
乗り越えて来れたのは「したくてもできない彼に見せる顔がない」と思ったからで、
(そんな思い出され方迷惑だろうけど)本当に背中を押してもらってきたんです。

感謝をいつか伝えねばと思いつつ、なかなか参拝せずに過ごしてしまいましたが、
原発事故で寂しい思いをしている今の福島が、強く呼び寄せてくれたみたいです。

むしろ「頑張ろう俺達」かな  カラッと晴天の福島駅  肩を組んで「よぅ久しぶり♪」

16年前お葬式は参列したもののお寺やお墓の場所は知らず、また当時のご実家は
同行予定の仲間が連絡すると移転後のようで電話も通じず、かなり戸惑いましたが、
僕は諦めきれず幾つかのお寺に絞り込んで直接電話し、やっとお墓を見つけました。

するとご住職が引っ越したご実家に連絡を入れてくれ、ご両親にも会えました。
突然の訪問にもかかわらず、「息子が増えたようだ」とご両親も喜んで下さり、
色々お話しながら、何だか親孝行したような良い気分にまでさせて頂きました。





その後は残り時間で足を延ばし、仙台と、仙石線が通じた松島まで行きました。

マンガ列車 仙石線  一部に残る爪跡  再開した売店

松島は沿岸なので津波の跡ももちろん一部は残っていましたが、湾内の島々により
比較的被害は少なく、遊覧船も動いており、積極的に観光客を受け入れています。
<松島観光についての記事>

松島1  松島2  松島3


沿岸地域は今も大変な状況ですが、仙台中心や福島はほぼ機能しているようです。
放射線も避難区域を除けば、少なくとも数日の観光で心配される量ではありません。

観光でお金を落とす支援はもちろん、友人の墓参りをご両親が喜んでくれたように、
訪れること自体が誰かを元気づけられるのなら、何度でも東北に行こうと思います。


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No  238

world-architects、japan-architectsに登録されました

world-architects というサイトの内、japan-architects に登録されました。

□ world-architects.com
□ Aisaka Architects Atelier

このサイトに名を連ねて頂いたことは名誉なことです。
が、今後も多くの方々との対話の中で様々なことを学びながら、
謙虚に一つ一つ丁寧に設計をしていきたいと思います。





というお知らせをアップしようとしていたその頃、実はあの地震が起きました。

多くの方が大変な思いをされているときに、こんな内容は書けない。。
では何を書いたらいいのか、何をすればいいのか、、、
あれこれ考えるうちに、結局何も書けなくなりました。

地震については、建築の専門家として当然知っていることもありましたが、
津波や少なくとも原子力の専門家ではないので、適当な説明は出来ません。
一方、この機にイデオロギーを喧伝するアジテーターや批評家も散見しましたが、
それこそ僕の役目ではないし、対案を伴わない批判など僕の主義でもありません。

この三ヶ月間、僕は社会に対する「半端な情報発信者」とならないことと、
身近な人に対する「正しい情報受信者」であることだけ、努めてきました。

喫緊の、救命や安否確認、避難生活確立の後が、ようやく「直し、作ること」。
将来の災害対策だけでなく、街づくりや文化の復興支援こそ僕らの役目です。
これからの街・建築・暮らしのありかたを考え直し、提案するという責任を、
今まで何もできなかった分、長い時間をかけ少しずつ果たしていこうと思います。



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